【放送内容公開】日出づる国のサムライたち 第3話 自身のデータの悩みからリアライズ創業!

経営コンサルタントである平田啓氏が、注目の経営者をゲストに招き、創業秘話・ビジネスのヒント・苦労話などを対談番組「日出づる国のサムライたち」。

2019年1月24日の放送に、当社代表取締役社長 大西 浩史が出演しました。

データマネジメントの実態から、リアライズ創業秘話、今後の展望まで語り尽くします。

その注目の放送内容を、全4回に分けてお知らせいたします。ご覧ください。

 

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■番組名/放送局
「日出づる国のサムライたち」/Shibuya Cross-FM 88.5MHz

 

■出演者

MC :平田啓氏、太田順子氏

ゲスト:大西浩史


■動画配信

https://www.youtube.com/watch?v=duETUBG1tZU

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放送内容

平田 「まあ、ちょうどね、起業のきっかけの話もしていただきましたけど、もともとはですね、

    どういうきっかけでNTTグループのどこに入られたんですか?」

 

大西 「えーっと、ご紹介いただきましたように、NTTデータというシステムを作る会社に新卒の時に入社

    しました。何でNTTデータにしたのか、少しだけ振り返らさせていただくと、就職活動する時に、

    当時って紙の資料請求ハガキ、当時は紙しかなかったので、それを郵送で送るんですね。」

 

太田 「えー、えー。」

 

平田 「僕らの世代は紙しかないし。」

 

太田 「えー、郵送?」

 

大西 「ですよね、ですよね、ですよね。郵送ですよ。郵送。メールもないですから。

    インターネットもないので。」

 

平田 「携帯もないから。」

 

大西 「携帯もないです。はい。

    なので、自分が請求している会社をみると、テレビコマーシャルとか雑誌とか新聞、こういったもので

    何かいい印象を受けた会社を選んでいるんですね。

    広告とか、メディアの仕事って、その人の就職とか人生に対して影響を与えるような、すごい大切な

    お仕事なんじゃないかと思いました。

    そこでそういう業界もまわってみたんですけど、その時に、大きな雑誌とか新聞も、大きな設備がないと

    できないビジネスモデルだと感じまして。

 

    その頃に徐々に電子の世界・データの世界があらわれてくる。

    私、大学時代はワープロも使ったことがないんですけど、当時、パソコンとかああいったものが

    出てきて、今後は電子の世界に置き変わっていくんだなと。

    そのシステム開発業界で一番大きなNTTデータというところに入り、社会に影響するような大きな

    システムに携わってみたいというのがきっかけですね。」

 

平田 「NTTデータに入ってIT系の仕事がしたい、と思って。

    でもあっという間に『あ、こいつプログラミングできひんで』と見抜かれてしまったんですね。」

 

大西 「そうですね。あの、まさにですね、共通研修というのがありまして。

    もう時効だったらいいんですけど、隣の人のやつをコピーさせてもらってやってまして。」

 

平田 「大学の試験じゃないんだから。」

 

大西 「まさに!多分もうこいつはダメだということで、配属されたのが購買部というところだったんですね。

    購買部と言いますと、大学のあの焼きそばパンとか売っている、あの購買部を想起しまして。

    その辞令を言い渡された時には、まぁ、びっくりしまして。

    あれ、なんか、システム作りたくて入ったのに、俺はずっと焼きそばパンをつくるのかということで、

    一日ショックだった思い出があるんですけれども。

 

    ただ、その購買というお仕事は、商品なり製品なりを買い付けてきて、社内のそのユーザーに供給して

    いくという仕事をするんです。

    例えば、10万円かかっていた商品を8万円にできれば、2万円が全部そのまま利益に繋がるのです。

    その会社に貢献しているっていうことでは、すごい楽しくてですね。

    業務自体はとても楽しかったんですけれども、ただその中で一点だけすごく困っていたことが、

    まさにデータの問題だったんです。

    平田さんがおっしゃった通りで、いくら良い土管・ITをつくっても、その中に入れるデータをしっかり

    マネジメントしていかないと、先程のように実績が正しく取れないのです。

 

    私自身、業務でよくやっていたんですけれども、明細の入力は手で行わなければならない。

    すると、面倒くさいので、『文房具を一式100万円で買いました』って入れちゃうんですね。

    明細を入れずに。そうすると後で『この100万円ってなに?』となって全くわからない。

    結局、明細がないので。どんなものを、いくらで、どこから買ったかという分析ができないですから、

    価格交渉をする時に元ネタがないんですよ。

    データがないので、価格交渉を科学的に行うことができない。

    何となく『ちょっと今年度はこのくらいまけてくれないかな』とか、『やぁ、大西さんも厳しいですね』

    みたいな、予定調和的なことになってしまうんです・・・。」

 

太田 「なんか見たことある、そういうの」

 

大西 「データに基づかないので、『本当に他社と比べて安くなっているのか』『単価がどれだけ安くなって

    いるのか』がわからない。

    わからないのに、『安くしました』という言葉を信じて買い付け・価格交渉してしまう。

    これをなんとかしたいというのが一番の課題でした。

    いくら良いシステムをお金をかけて作っても、データが正しい羅針盤になっていなければ活用ができ

    ないのです。そこで、自分のように業務に携わる人たちを、データの面から支援するような事業を

    やったらいいんじゃないかということで立ち上げたのが、社内ベンチャーの時ですね。」

 

平田 「それって入社されて何年目くらいなんですか?」

 

大西 「2年半ほどで。」

 

平田 「結構早かったんですね。」

 

大西 「まあ、そうですね。蛮勇と申しますか、当時若かったので、怖いものがなかったっていうことかも

    しれないですけれども。

   

    ただ、なんと言いますか、自分が体験したことに基づいていたってことが良かったのかなと思います。

    自分がこんなに困っていて、こうなったらもっと良くなるから、だからこれやらしてくれっていうのを、

    ベンチャー制度の審議会に素で、あまり後先考えずにやったというのが、結果的に良かったのかな、と。

 

   後から聞いたら、実は事業計画とか無茶苦茶で、正直『通すな』という声もあったんだけど、

   ある役員の方が『まあ、彼は、ゆうても一生懸命やるだろうからやらせれば』って感じで、

   その役員会を通してくれたようでして。」

 

平田 「いま、ふと思い出した話がありまして、ベンチャーキャピタルってあるじゃないですか。

    世の中にベンチャーキャピタルっていう、まあエンジェルって言われているような人たちがいて、

    『この人に出資してみよう』と思って、外部からね、

    大西社長の場合は社内ベンチャーですけど、外部からもらってってパターンがあって。

    それも世界的に有名なベンチャーキャピタリストっていう人がいるんですよ。金融界で。

 

    その人が事業投資をする時に決めるポイントとして、その出資をお願いしてる起業家がね、

    『起業家本人が抱えている自分自身の問題を解決したいと思っているか』、

    『自分の身近な人の問題を解決したいと思っているか』、

    『第三者の問題を解決したいと思っているか』で判断・選ぶらしいんですよ。

    この3つのうち、どれを選ぶと思います?その、世界的に有名な投資家は。」

 

太田 「身近?」

 

平田 「身近?」

 

太田 「あ!(笑)」

 

平田 「いや、大西さんの話聞いて、思い出してって言うたやん。」

 

太田 「そうですね。3番目!」

 

平田 「3番目!じゃなくってさ。」

 

太田 「1番?」

 

平田 「1番やん」

 

太田 「本当?自分が?」

 

大西 「自分が困っているんで・・・。そうですね。」

 

平田 「自分が困っているんで、価格交渉ができない。価格交渉ができないから価格交渉するための、

    データの整備をして、分析して、数字をもって交渉できるようになったんですよね?」

 

大西 「そうですね。」

 

平田 「自分の問題を解決された。」

 

大西 「そうですね。」

 

平田 「これを事業化したいというところに、NTTデータの上の方が『ほんならやってみろや』って感じで

    出資したわけですよね。」

 

大西 「そうですね。」

 

平田 「その流れは、事業計画書とか滅茶苦茶やっていうのでも、通ってしまうっていうのは、

    その有名なベンチャーキャピタリストの人も同じようなことを言うてましたよ。」

 

太田 「へー。」

 

平田 「事業計画書とかが結構ずさんでも、その本人が解決したい問題なんやったら賭けてみようかという

    気持ちになるって。」

 

太田 「へー。」

 

大西 「いまもずっと、この事業の根っこはそこにあるんですよ。

    『自分が困った』『自分がこれをなんとかしたい』。

    会社に泊まってデータをクリーニングして、初めてこれまで見えなった発見があった。

    数字が見えた。これを元に交渉した時のあの楽しさ。やっぱ活用できることの多様さって、

    やったことのある人じゃないとわからないこともあるので。

    活用するためにはこのファンダメンタルな部分、データをちゃんと準備してちゃんと使えるようにする。

    この工程がすごい大切だってことは、まさに自分の体験がないとわからなかったと思いますね。」

 

平田 「それで、そのベンチャー制度を通過して事業化できたわけですけども、まあよくね、起業家たちが

    最初に受ける洗礼で、なかなか最初は軌道に乗らないものですけど、どうでしたか?」

 

大西 「まさに四苦八苦。四苦八苦どころか、もう苦のほうがものすごく多いくらい。

    はじめは、私一人で立ち上げて、そこに協業者の方々でやっていたので、ある意味社員は一人という

    ような環境でやりましたので。

    いまこれ言っていいのかな。

    当時は社会勉強という名のもとにですね、あの理工系の学生さんにアルバイトで来てもらって、

    月3万円くらいでいーっぱい仕事をしてもらったりとかですね。そういう形でやっていて。

    

    とにかく自分がこれやりたいっていうのに対して人を集めるところから苦労しましたし、また会社という

    制度・組織ではないものですから、一緒に働いてくれる人達との関係性がはじめは薄くて。

    そうすると『大西さん、ちょっと明日からもう僕、やりたくないです』とか。

    『いや、ちょっと待ってくれ』と言ってですね、なんとかなだめて。

 

    自分の困っていることを解決することで、本当に世の中の問題解決に繋がるのかというのは、

    すごい不安でした。

    ただ、諦めずにやっていくと良い出会いがあって、『こういうことで困ってる人いるよ』と、

    仕事を紹介してもらったり。段々ご縁がご縁を生んで、一つ一つの信頼を積み上げていくことで、

    徐々に軌道に乗っていったんです。

 

    元々社内ベンチャーという形で1997年からやっていたのですが、より大きくステージを変えたほうが

    いいだろうということで、2001年に株式会社リアライズという形で独立会社化したという経緯に

    なっています。」

 

平田 「会社の売り上げ、利益的には、どれくらいから黒字化できたんですか?」

 

大西 「えーっとですね、設立後は色々な投資とかもありましたので、2年間は赤字でした。

    その後、計画通りですね、3年目からは黒字化しまして、以降18期になるんですけれども、

    ずっと黒字で順調に成長してきています。」

 

平田 「なるほどなるほど。大西社長ご自身は、データを分析して交渉できるという、そこのニーズに気付いた

    わけなんだけど、2001年なんて世の中的にはまだまだね・・・。」

 

大西 「そうですね。」

 

平田 「ITブームがまだ本格化してないような時期じゃないですか。

    まあ、アメリカはもう盛り上がっていましたけどね。」

 

大西 「そうですね。」

 

平田 「世の中的に土管が整備されていない時にね、『そこの中に流れている水を』みたいなことを言っても、

    誰も聞いてくれなかったんじゃないですか?」

 

大西 「まあ、そうですね。当時はITバブルが弾けたあとだったかな?あの時は、ネット系のベンチャーさんが

    すごい取り上げられていましたね。

    まあほとんど残ってない、残っているところも当然、サイバーエージェントさんとかありますけれども。

    どちらかというと、ゲームとかメディア系のところで投資されたりしている会社さんが多かったですね。

    いまも元気な会社さんも、立派な会社さんもありますけれども。

 

    あの当時はやっぱりシステムを作ることが最優先されていて、データは置いていかれていました。

    よくあるのがですね、ある手続きをするためにシステムが出来上がります。

    ただ、その手続きって、出力がちょっと違うだけでワークフローとか決裁を回していくとか、承認を

    するとか、そういうプロセスって本当は1個でいいはずなんです。

    けれども、全部バラバラにシステムを作っちゃう。

    そうすると同じ情報でもあっちにあったり、こっちにあったり。

    システムも複雑化して、保守費もかかる、という自体に陥ってしまう。

 

    やっぱりその当時は、どちらかというとシステムを作ることに皆さんは注力されていたので、

    『このデータをしっかり横串して使えるようにしましょうよ』という話をしても、特にIT部門の方の

    ところへ行くと、

    『大西さんの言いたいことは何となくわかる。ただそれは俺の立場・仕事じゃない』と。

    『それはそのデータを生み出す購買とか、人事とか、あるいは営業の人達の仕事なのでITは関係ない』

    とけんもほろろにですね。

 

    いまは逆に時代が変わって『助けて』みたいな形で来てくださるようになりましたが、

    当時は、潜在化しているデータを使うよりも、まずは電子化することが優先されたので、

    作るのがメインのITの方々には、なかなか我々のメッセージが届かず苦労しましたね。」


 

(第4話につづく)

 

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